デジタル放送を斬る
 新聞などのメディアでは、地上波デジタルが急速普及と書いているが、6年後には今のアナログ地上波が強制的になくなる、などという事はちっとも書かない。普及が急速と言っていても、実際にはCATVの切り替えが進んでいるだけであって、特に分母が小さいだけに「伸び率」が非常に大きく見えるというファクターも忘れてはならない。デジタル放送は、綺麗であるというのがウリだが、実際には今のアナログでもテレビ受像機の性能を越える信号を送る事は可能である。ほんの10年ほど前に騒がれた、IDTVやEDTVを思い出すとそれが分かるだろう。特にEDTV第二世代はいわゆるハイビジョンスペックの性能を予定していたのだ。EDTV信号は、今でもその気になれば放送に乗せる事が出来る。効果は普通のテレビでも限定的ながらあり、例えばネクタイなどの縞模様が映ると、その上に虹色の模様が出てしまう現象を無くすような事が出来る。しかし、今のテレビ欄を見れば分かるように、そんな放送はどこにもない。明確ではないが、デジタル放送を普及させるために、敢えてアナログ放送を綺麗にさせないような風向きがあるのであろう。

 さて、そのデジタル放送。そんなに綺麗なのであろうか。確かにハイビジョン放送は綺麗である。チューナーからダウンコンバートされた信号を、普通のテレビで見ても綺麗である。しかし、それならテレビ受像機にはまだ性能の余裕がある訳で、その気になれば普通の放送でもダウンコンバートされた物に相当する信号が出せていい筈だ。そうしていないのは、これも意図的に「差別化」しているからに他ならない。そもそも、ハイビジョンというシステムは、ホームシアターを目指して開発された。映画館で迫力があるのは、一つに巨大な画面を近い距離で見る事から得られる臨場感がある。現行のNTSCでそれをやると、走査線が見えてしまい、いわゆる「スダレ越し」の画面になってしまう訳で、横3mくらいの画面を1.5mくらいの所から見ても、走査線が見えないためにはどの位細かければいいかを探った結果として、今の1125本という走査線数が得られているのである。従って、高々40インチ位の画面でハイビジョンを映したところで、それは「ただ単に綺麗なテレビ」に過ぎない。甲子園に落ちている砂の数を数えたいとか、女優の皺を見たいとかいうのなら別だが、当初の目的であった筈の「臨場感」という視点からは、全然意味のないシステムなのだ。

 さて、地上波デジタルでは、このハイビジョン放送が何時の間にか目玉となっている。総務省の役人は、「全放送の半分以上をハイビジョンでやれ」と言ってくれて、そのお陰で豊富にコンテンツがあるNHKは別にして、民放はネタを揃えるのに四苦八苦をしている。 仕方がないので、従来のコンテンツを強引にハイビジョンに変換して放送しているのだが、それを普通のテレビで見ると、上下に加えて左右も空白(黒い部分だが)が空き、殆ど半分近い小さな画面で見る事を強いられるという滑稽な現象が起きてしまう。これが地上波デジタルの現状だ。無論、ハイビジョンなコンテンツなら、それは綺麗に放送されている。だが、新しいテレビだと聞かされて、さっさと地上波デジタルに設備を切り替えた視聴者は、この狭い画面を沢山見なくてはならなくなるのだ。

 そもそも、ハイビジョンというシステムがいわゆるホームシアターである事は前にも述べた。当然、それは大きな画面の前でかしこまってみる事を意味する。だから、地上波デジタル放送のイメージ図というのを見ると、リビングルームに大きなテレビがあって、それを家族が囲んで見ている光景が必ずあるのだ。しかし、今時そんな見方をしている視聴者は少数だろう。個人が自分の部屋で小さなテレビを見ているケース、飲み屋や定食屋の一角で放送が流れているケースなどというのが圧倒的に多いに違いない。大きなテレビを家族が囲む、なんてのは40年も前の発想なのである。小さなテレビで見るのに、高画質など関係ない。携帯端末で見るような話もあるが、尚更意味ないばかりでなく、携帯テレビは原理的に電池が恐らくは2時間程度しか持たないから、実用性に乏しい。

 綺麗な番組を安定して見られるというのも、推進側の能書きである。デジタルシステムには、誤り訂正という仕掛けが可能で、それによってノイズなどを消せるからだ。ゴーストも原理的に発生しない。ただし、これが可能なのは、信号がある程度以上強力である場合に限られる。逆に信号のレベルが不足していると、今度は何も見えなくなるのもデジタルである。多少画面がザラザラになっても、何が映っているのか分かる現行のアナログ放送とは、根本的にここが違う。

 他に推進組織の能書きを見ていると、例えば双方向なんてのがあるが、実際に番組に参加するなどという事は、殆ど有り得ない。参加したところで、自分が数万分の1の存在だと認識するだけだから、すぐに使われなくなるだろう。データ放送というのもあるが、実際に見ているとせいぜい天気予報や株価程度の情報で、あとは番組表が出る程度のこと。要するにインターネットの方が遥かに利便性が良い。字幕や解説が番組中に出るに至っては殆ど噴飯もので、むしろ現実には余計な文字が出て来る事があって、それを消せないという腹立たしい機能もある。

 例えば、NHKの衛星BS放送を見ていると、「視聴者の登録をお願いしています」という文字がいきなり出る事がある。 デジタル放送受信(地上波も衛星も)には、チューナにB-CASカードというのを購入していれなくてはならない。これはシリアル番号が入っていて、NHKの文字はそのIDと住所や氏名を教えろ、と言っている訳である。教えない限り、うっとおしい文字が延々と出続ける。これは「お願い」などではなく、殆ど「脅迫」である。これを教えてしまうと、今度はこちらの情報が理屈の上では相手に筒抜けになる可能性がある。先に述べたように、デジタル放送は「双方向」だから、チューナから情報を放送局側に送る機能があるからだ。それを使えば、このチューナの持ち主がどういう放送を何時見たか、という情報を送り側が得る事が可能になるのだ。(実際にやっているかは不明だが、現行システムでは充分に可能)

 メディアが報道しない大きなデジタル放送の特徴に、コピー制限信号がある。コピー禁止、或は一回のみコピー許可という信号である。総務省のお役人の通達によって、今は全デジタル放送にこの信号が重畳されている。殆どは一回コピー可信号である。これはチューナからのデジタル出力だけではなく、アナログ出力信号にも乗っている。テレビ信号の同期信号部分に決まったパターンを乗せ、識別しているのである。これに現在市販されている全てのデジタル録画装置は対応しているから、いわゆるHD録画機、DVD録画機はこの信号を必ず認識する。するとどういう事が起きるか。HD-DVD録画機を例にとると、HDに録画した番組をDVD-Rには「移せない」のである。そもそも録画禁止番組だとHD上に録画すら出来ないのだが、一回録画可の番組ならば、HD上で編集する事は可能である。ただし、DVD-Rには出来ないのだ。DVD-RWやDVD-RAM媒体に「移す」事は出来るが(その場合は同時にHDからデータは消える)、DVD-RWやRAMはVRモードというフォーマットで記録されていなくてはならないので、普通のDVDプレーヤでは再生できない。「オリンピックを録画しよう」とか「オリンピックは綺麗なデジタル放送で」などという広告が氾濫しているが、その実態はこのとおりである。なお、チューナとデジタル録画機が別々であり、アナログ信号線でつながっている場合には、このコピー制限信号は簡単な装置(ビデオ信号整形器)で取り除く事が出来る。が、通常そのような事はカタログにも説明書にも出て来る訳もない。

 このように、放送のデジタル化の本質は、ユーザの囲い込みと放送事業者の管理機能にこそ存在する。政府はデジタル放送が世界の流れのように言うが、実際には順調に進展している国などどこにもない。米国の年末クリスマス商戦を見れば、そこにはデジタル放送受信機などという単語は一つも出て来ない。欧州では放送事業者が幾つも倒産しているくらいで、視聴者が選んでいるならそんな事が起きる筈もない。デジタル放送での目玉という、高画質、双方向、データ放送などは視聴者にとって特に便利な必須なものではなく(要するに人間の側からではなく、機械の都合で開発された物だからだ)、むしろ視聴者囲い込みやプライバシー侵害の可能性の方が深刻である。欧米ではそれを認識しているからこそ、普及が一向に進まないのだ。日本で仮に報道されている通りに急速にデジタル放送が普及しているのであれば、それは恐らく世界でも珍しい現象という事になる。気がついた時は、自分が何を見ているのか、全てが赤裸々になっている事に愕然とし、「顧客情報数十万人分」が洩れた、と報道された時になって、初めて事の真相に大騒ぎとなるのかもしれない。


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